最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)1361号 判決 1995年1月20日
上告人
株式会社藤ケ谷カントリー倶楽部
右代表者代表取締役
山田慎一
右訴訟代理人弁護士
高山征治郎
亀井美智子
中島章智
枝野幸男
高島秀行
被上告人
村上大介
同
須田利夫
同
竹内慎吾
同
生出克彦
同
山本高司
同
山下睦之
右六名訴訟代理人弁護士
美村貞夫
土橋頼光
美村貞直
主文
原判決を破棄する。
被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人高山征治郎、同亀井美智子、同中島章智、同枝野幸男、同高島秀行の上告理由書(その一)記載の上告理由及び上告理由書(その二)記載の上告理由一について
一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
1(1) 原判決別紙会員権目録記載の旧会員らは、昭和四四年又は四五年に、上告人との間で上告人経営のゴルフクラブである藤ケ谷カントリークラブ(以下「本件クラブ」という。)への入会契約を締結し(以下「本件入会契約」という。)、入会保証金四〇万円及び所定の登録料を支払って、それぞれ右目録記載の本件クラブの平日会員権を取得した(以下「本件平日会員権」という。)。(2) 被上告人らは、それぞれ平成三年に、旧会員から本件平日会員権を代金一〇〇〇万円ないし一二〇〇万円で買い受け、旧会員らは、それぞれ上告人に対し、その旨を通知した。
2 本件入会契約が締結された当時、本件クラブの規約の定め等は、次のようなものであった。(1) 規約によれば、本件クラブの会員には、名誉会員、特別会員、正会員、平日会員及び家族会員の五種があるが、そのうち正会員は、上告人の株主で所定の手続により入会した者とされている。また、平日会員は所定の手続により入会した者、家族会員は正会員の妻又は満一五歳以上二〇歳未満の子女で所定の手続により入会した者とされ、いずれも日曜と祭日を除く平日に限り施設を利用することができるものとされている。(2) 入会申込書、規約、保証金預託証書その他本件入会契約の関係書類には、本件平日会員権を第三者に譲渡することの可否について直接触れた文言はない。(3) 規約によれば、平日会員及び家族会員の入会保証金は、退会の際に返還することとされている。(4) 規約の施行細則は、名義書換料について、正会員は一名につき三〇万円と定めているが、平日会員については何も定めていない。(5) 本件クラブの会員募集要項には、「正会員は、株式会社藤ケ谷カントリー倶楽部の株式を所有することになり、この株式の譲渡は自由です。なお平日会員、家族会員の入会保証金は、据置期間が全くありません。従って退会の際は入会保証金をお返しいたします。」と記載されている。
3(1) 本件クラブは、昭和五〇年九月の会員総会(特別会員及び正会員によって構成される。)において、規約中の右2の(3)の定めについて、平日会員及び家族会員の権利は譲渡できないとの文言を付加する旨の決議をした。その趣旨として、当初より譲渡不能であったものを規約に明記するものであるという説明がされた。本件平日会員権の旧会員らは、この規約変更に異議を唱えることなく、本件クラブの施設利用を継続していた。(2) 本件に至るまで、上告人が平日会員権の譲渡又は相続を承認した例はなく、また、相当数の平日会員が入会保証金の返還を受けて退会した。
4 被上告人らは、上告人に対し、旧会員らから被上告人らへの名義書換えの手続をするよう求めたが、上告人は、本件平日会員権の譲渡は禁止されているとして、これを拒否した。
二 原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、被上告人らの名義書換手続の請求を認容すべきものとした。すなわち、(1) 本件平日会員権は、その性質上譲渡が許されないものではないから、譲渡を禁止する特約があると認められない限り、これを譲渡することができる。(2) 本件入会契約の関係書類のどこにも平日会員権の譲渡禁止は明記されておらず、上告人と旧会員らとの間で個別に譲渡禁止の合意をしたことを認めるに足りる証拠もないから、本件平日会員権について譲渡禁止の明示的な特約の存在は認められない。(3) 平日会員権について名義書換料が定められていないことや前記一2の(5)の募集要項の記載を根拠として譲渡禁止の黙示的な特約があったと認めることはできず、当時ゴルフクラブの平日会員権について譲渡禁止とする旨の取引慣行が成立していたともいい難い。(4) したがって、上告人と旧会員らとの間に、本件平日会員権について譲渡禁止の特約があったということはできない。
三 しかしながら、原審の右認定判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
本件平日会員権は、一定の入会保証金を支払い、平日において施設の利用をすることができる権利であって、このようないわゆる預託金制のゴルフクラブ会員権は、その性質上譲渡が許されないものではなく、これを譲渡禁止とするかどうかは入会契約の当事者の合意にゆだねられている。本件入会契約の関係書類には、本件平日会員権の譲渡を禁止する旨は直接明記されていないものの、前記募集要項は、正会員の株式の譲渡が自由であること(すなわち、正会員権の譲渡が自由であること)に続けて平日会員の入会保証金の返還について述べながら、平日会員権の譲渡の可否については触れていない。しかも、家族会員は、正会員の家族であるという資格によって入会するものであるから、その会員権を独立して他に譲渡することはできないと解されるが、右募集要項は、平日会員と家族会員を全く同列に扱っている。そして、さらに、平日会員権の譲渡が禁止されていないのであれば、上告人にとって名義書換料が重要な収入源になるはずであるのに、正会員の名義書換料を定めながら、平日会員については名義書換料があらかじめ定められていないことや、昭和五〇年九月の規約変更はそれまでの平日会員にとって極めて不利益なものであるのに、本件平日会員権の旧会員らは、この規約変更に異議を唱えることなく、本件クラブの施設利用を継続していたことをも併せ考えると、本件入会契約には会員権の譲渡を禁止する特約が付されていたものというべきである。
したがって、本件入会契約には会員権の譲渡を禁止する特約が付されていなかったとした原審の認定判断は、経験則の適用を誤ったものといわざるを得ず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
四 以上説示したとおり、原審の認定した事実を総合すれば、本件入会契約には会員権の譲渡を禁止する特約が付されていたものというべきであるから、被上告人らの請求を棄却した第一審判決は、正当として是認すべきものであって、被上告人らの控訴を棄却すべきである。
よって、原判決を破棄し、被上告人らの控訴を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官根岸重治 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一)
上告代理人高山征治郎、同亀井美智子、同中島章智、同枝野幸男、同高島秀行の上告理由
○ 上告理由書(その一)記載の上告理由
一 「平日会員の入会保証金は退会の際、返還される」との規定は平日会員権が譲渡不可の会員権であることを規定するものである。
乙第一号証規約一六条、会員募集要綱(乙第二号証)に記載されているように、平日会員と上告人との間に「平日会員の入会保証金は退会の際、返還される」旨の合意が存在したことについては当事者間に争いがない。
そして、この合意は、平日会員が譲渡不可であることの裏返しなのである。
上告人はこの点について、一審でも控訴審でも繰り返し主張してきたにもかかわらず(平成五年一二月一六日付被控訴人準備書面(1)二項)、原判決はその点に対する判断を示していないが、原判決は譲渡による退会の場合も、入会保証金を返還する合意と解しているものと考えられる。
1 しかし、原判決がいうように、本件平日会員権は、施設利用権、入会保証金返還請求権、及び年会費支払義務を包括する権利義務関係であって、仮に平日会員権が譲渡可能であるとすれば、この包括的会員契約上の地位が一体として譲渡される。これらを分解して、しかも財産権として重要で会員契約の主要な内容である入会保証金返還請求権のみを譲渡人の権利行使により消滅させ、施設利用権と年会費支払義務のみを移転することはできない。
原判決のごとく、施設利用権と年会費支払義務のみの移転をみとめ、譲受人から新たに入会保証金を徴収するゴルフ場は皆無である。会員権相場を見れば明らかなように、入会する場合に新たに預託金を積まなければならないのなら、高額な相場がつくはずもないし、預託金の額が相場表に表示されるはずである。従って、施設利用権と年会費支払義務のみを移転するゴルフ場が存在しないことは明らかである。
一般に預託金制ゴルフ会員権の場合、預託金(入会保証金)は、据置期間の満了後、退会の際、つまり会員から会員契約の解約の申し入れがあり、会員契約が終了する時に返還される。本件平日会員の場合、据置期間は存在しないが、前記のとおり、本件平日会員権は、入会保証金返還請求権と施設利用権、年会費支払義務を含む包括的な地位である以上、入会保証金は会員契約の終了時に返還されると解される。つまり、本件平日会員の場合、退会時には常に入会保証金が返還されると規定されている以上、譲渡による退会はありえないことになる。
2 また、会員資格喪失事由(規約第一四条)に「平日会員が譲渡したとき」の規定がないが、譲渡可能な会員権であれば、会員資格喪失事由の一つとして「譲渡したとき」と記載されているのが通常である。現に正会員の譲渡は「正会員が会社の株主でなくなったとき」とされ、会員資格喪失事由として規定されている。
というのは、本件正会員権はいわゆる完全株主会員制の会員権で、会社の株主であることが会員資格要件であり、株式を失ったときに会員資格を失い、会員権と株式が一体となって譲渡される会員権である。従って、「正会員が会社の株主でなくなったとき」とは、正会員権の譲渡を意味するからである。平日会員譲渡禁止の完全株主制ゴルフ場の会則も同様に会社の株式の譲渡が正会員の資格喪失事由とされている(乙第一六九号証の一、一七条、一七〇号証の一、一一条、一七三号証の一、二四条)。
従って、会員資格喪失事由に平日会員の譲渡が規定されていないのは、譲渡が禁止されているからなのである。
二 二九年間、平日会員の名義書換が全くなされていないこと
平日会員は、昭和四〇年八月から第一次募集を開始したが、そのときから平成元年一月の平日会員の弥生会結成まで(乙第五号証)実に二三年間にわたって、譲渡不可を否定した会員は存在せず、乙第一七、同第一八ないし一六五号証のとおり異議なく退会して入会保証金を受領してきた。しかもその間昭和五〇年九月には、黙示的合意であった譲渡不可を規約上明文化したが、それ以降も一三年以上経過した平成元年一月まで平日会員はこの改正に異議を申し出ることはなく、その後も乙第一七号証のとおり、退会により多くの平日会員が入会保証金の返還を受けている。仮に平日会員権が譲渡できるとすれば、現在でも三、〇〇〇万円以上の相場で売れるであろうから、平日会員が三〇万円ないし四〇万円の入会保証金の返還を受け、退会したということは、その会員が譲渡不可の合意の存在を認めていることにほかならないのである。
原判決は、右譲渡不可の明文化の決議に平日会員は参加していなかったというが、改正に参加していなくても、平日会員が右決議は会員契約の内容を譲渡不可に変更するものと考えるならば、決議の無効を主張して争うべきものである。前記のとおり本件平日会員権は、仮に譲渡性があるとすれば三、〇〇〇万円以上の財産的価値を有するから、重要な財産権の侵害になるからである。上告人において、総会の内容は会報や手紙で伝えているし(乙第四号証、同第一七六号証の二)、新しい規約を平日会員の求めに応じて交付し隠匿した事実は一切ないのであるから、平日会員が一三年以上右規約の変更を知らなかったというのは俄に信じがたい。平日会員において異議を申し述べたかったのは会員契約の変更ではなかったからといわざるを得ない。
原判決は、「被控訴人が平日会員権には譲渡性がないものと誤解しているか、あるいは、不当に平日会員の譲渡性を否定しようとしているもの」というが、権力者でもない一企業に過ぎない上告人が、昭和五〇年九月の規約変更前に入会した二五〇名に及ぶ平日会員全員を平成元年一月の弥生会設立まで二四年間わたって正当な権利行使を拒否し続けて、「不当に譲渡性を否定する」などできるものではない。上告人の株主は全て正会員であり、正会員の総会により民主的にゴルフ場の運営方法が決定されていることから考えても、上告人が平日会員の譲渡権をないものと誤解するとか、不当に否定するとかはありえないことなのである。
昭和四〇年の募集から今日まで二九年間にわたって平日会員の名義書換が認められず、弥生会結成まで二三年間平日会員は誰一人として異議を述べず、一四八人の平日会員が平穏に退会してきたというこの厳然たる事実自体が、平日会員譲渡不可の黙示的合意の存在を物語っているといわざるをえない。
三 譲渡禁止を明示しなかったことについて
原判決は、会員募集が困難だったから、譲渡禁止を明示することが難しかったという。
しかし、これは全くの誤解である。当時ゴルフ会員権は財産として未だ市民社会に認められた存在ではなく、そのようなものに資本を投下することに人々が躊躇している時代であったのである。現在のようにゴルフ会員権に相場が立ち頻繁に売り買いされている確固たる市場は存在しなかった。そこで、会員権を譲渡しようとしても換金の可否自体確信が持てず、ましてや投下資本より高額に売却できる期待はもてなかった。そこで、投下資本(入会保証金)をいつでも即時返還するという本件平日会員は会員を募集の一つの有力な手段となった。そのため、募集要綱に「平日会員の入会保証金は、据置期間が全くありません。従って、退会の際は入会保証金をお返しいたします。」と記載されているのである。現在バブルが弾けてみれば、明白なように、これほど安全な資本投下はないことになる。いかなる経済変動があっても投下資本は即時確実に回収できるからである。
譲渡禁止を明記しなかったのは、入会保証金を返還するということは、当時としては譲渡よりも歓迎される安全な投下資本の回収方法として、譲渡禁止を当然の前提とするものであったからである。
本件ゴルフ場は、会員権市場が未成熟な時代に、会員募集を促進するため、譲渡できて相場の値上りの可能性もある正会員権と、投下資本が即時全額回収できるが譲渡できない平日会員という全く性質の異なる二つの会員権を対峙して募集したのである。
「正会員は、株式会社藤ケ谷カントリー倶楽部の株式を所有することになり、この株式は譲渡自由です。」「平日会員の入会保証金は、据置期間が全くありません。従って、退会の際は入会保証金をお返しいたします。」と募集要綱に並べて記載されているのはその趣旨である。
四 名義書換料の定めがないことについて
平日会員については、名義書換料の定めがないことについて、原判決は、規約一〇条で定めればよいという。
しかし、正会員について名義書換料を定めながら、平日会員について定めていないし、平日会員について名義書換料を無料にする合理性は全くない。しかも、本件倶楽部において、昭和三九年に規約が作成されていたから今日まで一度として平日会員の名義書換料が議題に上ったことはなかったのである。
名義書換料は、会員募集が終了した既設ゴルフ場にとっては重要な収入源であって(本件ゴルフ場も乙第一、二号証によれば、正会員が一〇〇万円で募集されているところ、正会員の名義書換料は三〇万円であり三割という高額である)、規定するのを忘れていたということはありえない。つまり、原判決のごとく単に必要なら定めればよいという問題ではなく、名義書換料の定めがないのは、合理的に考えて、それなりの理由があったと考えざるを得ないのである。すなわち、正会員の名義書換料が規定されていながら、平日会員の名義書換料が規定されていないのは、平日会員権が譲渡不可だからである。
五 以上のとおり、原判決の事実認定は、経験則に反し、その違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。
○ 上告理由書(その二)記載の上告理由
一 譲渡禁止特約は明示されていた
本件平日会員権に譲渡禁止特約がなかったとした原判決は、各証拠に照らして明らかに経験則に反するものであって、法令違反として破棄を免れない。
1 本件会員契約解釈の前提
預託金制ゴルフ会員権は、会則〔本件では規約、施行細則(甲第一号証、乙第一号証)〕を内容とする契約上の地位をいうことは確立した学説判例である。従って、本平日会員権が譲渡不可のものであったか否かは、まず、規約等の解釈問題から検討しなければならない。
原判決は「本件規約、施行細則(甲第一号証、乙第一号証)はもとより、募集要領等(乙第二号証、甲第二号証)、証券(甲第二号証の一ないし六)のどこをみても平日会員の譲渡禁止が直接に明記されているところはない」という。確かに直接に明記している文書はない。しかし、本件規約、募集要領等の文書(以下契約関係文書という)の解釈は、会員制ゴルフクラブの歴史、本件平日会員権募集時の時代背景、契約関係文書の作成経過、本件会員契約締結後本件訴訟が提起されるまでの経過を仔細に分析し経験則に従い、合理的推論のもとになされなければならない。
2 我が国会員制ゴルフクラブの歴史
我が国の会員制ゴルフクラブは、一九〇一(明治三四)年にイギリスの茶商アーサー・グルームが神戸の六甲第山麓に創った神戸ゴルフ倶楽部によって誕生し、黎明期を経て、昭和三二年に埼玉県の霞ケ関カンツリー倶楽部で行われたカナダカップにおける中村寅吉、小野光一による団体戦優勝によって爆発的なゴルフブームを迎えることとなったのである。ゴルフというゲームは広大な土地を必要とするものであるから、我が国のような狭い国土の国ではゴルフ場造成に膨大な資金が必要である一方、需要者側のゴルファーと供給者側のゴルフ場との関係がアンバランスとなった。このような状況のもとで当初は任意団体として出発したクラブが社団法人制となり、株主会員制を経て、今日の営利事業形の預託金制へと変遷したのである。また、社団法人制の時代には思いもつかなかった会員たる地位(Member ship)が株主会員制の導入によって譲渡性を有するに至ったものである。これはクラブの創設者たちが昭和三二年の日光カンツリー倶楽部以降、ゴルフクラブに公益性がないとして文部省が認可しなくなったため、社団法人制をあきらめ、株主会員制による開業を余儀なくされた結果ではあるが、昭和三〇年代後半までの会員制ゴルフ場の会員たる地位は本来譲渡不可のものと認識されていた。しかし、株式の譲渡性まで奪うことができなかったため、譲渡性あるものとされ始めたのである。
このようにして会員たる地位に譲渡性が付与され、市場において投下資金回収の道が開かれたのであるが、事業者も、ゴルファーも会員たる地位が譲渡性及び資産性あるものとの認識は希薄であった。従って株主会員制の始祖である小金井カントリークラブも、千葉県で最も長い歴史を有する我孫子ゴルフ倶楽部も、茨城県で一番古い大利根カントリークラブも、株主である正会員のみが株主であるということの性質上、譲渡性があることとなったもので、契約によって自由に定められる平日会員はいずれも譲渡できないものとしたのである。上告人はこのような会員制事業者とゴルファーの考え方の流れのなかで契約関係文書を作成し募集行為を行ったものである。
なお、上告人は形式上株式会社組織を取っているが、その実質は社団法人制が認められなくなっていたため、他の完全株主会員制ゴルフ場と同様に株式会社組織を借用した欧米流の純粋なゴルフクラブ(倶楽部)である。従って、クラブの構成員たる株主も配当を期待しているわけではなく、現に上告人も一度として配当を行ったことはない。つまり、上告人は株式会社組織を採っているとはいえ、その実態は欧米流のプライベートクラブであり、構成員は株主である正会員のみで、正会員のなかから会員総会によって選出された理事によってクラブ(法形式上は株式会社)が運営されているのである。従って欧米のプライベートクラブ同様、正会員と平日会員(Weekday Member)、家族会員(Family Mem-ber)とは厳格に区別する思想のもとに出発しているのである。
このような我が国における歴史的事情を踏まえて規約一六条の「平日会員、家族会員の入会保証金は退会の際之れを返還する」(甲第一号証、乙第一号証)「正会員は株式会社藤ケ谷カントリー倶楽部の株式を所有することになり、この株式の譲渡は自由です。なお、平日会員、家族会員の入会保証金は据置期間が全くありません。従って退会の際は入会保証金をお返しいたします。」(乙第二号証)との文言は解釈さるべきなのである。もし、平日会員も譲渡できるのであれば譲渡できる旨を明記していた筈であり、その方が預託金(本件では入会保証金と呼称している)の返還のほかに、譲渡による方途も保証されたことになり、平日会員の募集がより容易になった筈である。それにもかかわらず、「あえて譲渡できます」と書かなかったのは、譲渡できないこと、つまり、完全株主会員のゴルフ場の平日会員権は譲渡不可ということが当然の前提だったのである。だからこそ譲渡不可であることが明白な家族会員と列記し「平日会員、家族会員の入会保証金は退会の際之を返還する」(甲乙各第一号証の一六条)と表現したのである。
被上告人らは、会員権が一種の金融商品となり、本件正会員権が高騰したのをみて、上告人が募集当初の契約関係書類に以上のような歴史的由来から「譲渡不可」と明記しなかったことを奇貨として本件訴訟を提起したにすぎない。
原判決は「当時の本件クラブの会員募集は必ずしも容易でなかったことが認められ………被控訴人(上告人)が当時平日会員権を譲渡禁止とすること、少なくともそれを明示することは難しかったものと窺われ………」と認定しているが、以上の次第で、上告人、被上告人間では、敢えて譲渡禁止と明示しなくても譲渡できないものとの共通認識のもとに本契約は締結されたのである。
3 本件平日会員募集の時の時代背景
上告人が本件平日会員を開始した昭和四〇年はいわゆる四〇年不況といわれた時代であり、山一証券の救済のため、日銀特別融資が実行され、将来に確たる見通しを持てない世相であった。そのため、本件ゴルフ場の開設者であった京成電鉄も上告人会社を設立して同社に本件ゴルフ場を売り渡し、上告人はその発行済株式全株を正会員応募者に売却してゴルフ場買収資金を捻出したのである。もし将来に明るい見通しを持って今日のゴルフブームの到来を予想していたら、上告人は営利事業としての会員制ゴルフ場の事業形態である預託金会員制を選択していた筈であり、平日会員を譲渡性あるものとしていたであろう。
しかし、上告人はいわゆる四〇年不況のなかで、会員になろうとする人たちに最も歓迎される株主会員制をとることとしたのである。その結果他の完全株主会員制ゴルフ場と同じく株主は正会員のみとし、平日会員はコースの維持管理費を賄うため、譲渡不可の預託金制会員制度として募集したのである。
原判決のように法律上は特約がない限り譲渡可能であったとしても、昭和四〇年当時は欧米のプライベートクラブにならって会員たる地位は譲渡不可であることにゴルファーは何の異和感も持たなかったのである。例えば昭和三六年開場の紫カントリークラブ「すみれ」コースは預託金会員制をとりながら正会員も平日会員も譲渡不可であり、それを会員も当然のこととして受けとめている。この紫カントリークラブ「すみれ」コースの会則は別紙のとおりであるが譲渡できない又は譲渡不可との文言は全くなく、「………入会金は紫興業株式会社に対する預託金として払込のときより十ヶ年間は据置(無利子)とする。其の後会員の退会の場合同会社より之を返却する」とのみなっており、これは本件平日会員の場合の規約の表現とほぼ同じである。要するに完全株主会員を正会員とする預託金制平日会員権は、譲渡に関する法律上の性質は別にして積極的に「譲渡できる」旨の定めがない限り譲渡不可と理解するのが当時の風潮であり、本件会員契約はそのような時代を背景に締結されたものである。
原判決は、「昭和四四、五年当時、平日会員の譲渡性を認容していたゴルフクラブも相当多数あったことが認められ」と認定しているが被上告人の掲げる譲渡可能な平日会員権はいずれも営利事業としての会員制事業を営んでいる預託金制ないしは発行済株式の一部のみを会員に交付し、納付金の大半は預託金という混合株主会員制のゴルフ場であって、上告人のように発行済株式のすべてを正会員が所有する欧米のプライベートクラブを志向する完全株式会員制のゴルフ場とは全く性格の異なる会員制クラブである。上告人の正会員の如く、プライベートクラブの株主会員権は希少なものとして会員権市場でも千葉県下のゴルフ会員権としては鷹之台カンツリー倶楽部、我孫子ゴルフ倶楽部に次ぎ、完全株主会員制の千葉カントリークラブと並んで三番ないし四番の高い評価を受け営利型クラブとは彼我の違いをみせているのである。原判決は会員制システムの違いを看過して誤った認定をしてしまったのである。
4 契約文書作成の経過
上告人の控訴人での準備書面(1)の第一の4でも主張しているとおり、本件契約文書は昭和六年開場の我孫子ゴルフ倶楽部と茨城県で最も長い歴史を有する大利根カントリークラブの会則を模倣したものである。これらのクラブの会則にも譲渡できない旨の明確な文言はない。この両クラブはいずれも完全株主会員制(我孫子はクラブを社団、施設所有は株式会社となっている)であり、欧米のプライベートクラブと同様、正会員を構成員とするクラブである。上告人もこの両クラブと同じクラブ組織とする構想のもとに規約、施行細則、募集要項(乙第一、二号証)を作ったため、平日会員の会員権譲渡の可否につき「譲渡できない」旨明記しなかったのである。譲渡に関する法律上の性格はさておき、上告人のような完全株主会員制のゴルフ場の平日会員権は、譲渡できないというのが事業者とゴルファーの共通認識だったのであって「譲渡できる」との記載がない限り「譲渡できない」というのが株主会員制ゴルフ場の平日会員に応募する者の認識であったのである。
そもそも被上告人が上告人と本件会員契約を締結した当時はゴルフクラブの法的分析はなされておらず、ましてや法的には素人である上告人は単に従来の慣習、伝統に従って募集し、被上告人らは応募したというのが実情なのである。ゴルフクラブへ入会の法的意味がクラブという団体への入会と理解していたのが大半であって、会則等を内容とする債権的契約関係とされたのは昭和四九年一二月二〇日の東京高裁判決(判例時報七七四号五六頁―通常平塚富士見CC事件といわれている)によってである。従って本契約の解釈はその当時の時代背景とともに契約文書の作成過程にまで思いをいたして判断さるべきものである。
本契約文書には「譲渡できる」とも「譲渡できない」とも明確には書かれていない。そして「譲渡できない」ことを前提とする文言が多数存するのであって原判決の骨子は、「法律上譲渡できるのであるから、譲渡できない旨の特約が明記されていない限り、譲渡できる」とするものであるが、それは我が国におけるゴルフクラブの歴史、契約締結時の時代背景、契約文書の作成過程を無視し、我田引水的な被上告人らの主張に引き込まれた偏頗な判決といわざるを得ない。
原判決は上告人にとって全く意外な結果であったばかりか上告人と同じくプライベートクラブとして営利的経営を行っていない我孫子ゴルフ倶楽部、鷹之台カンツリー倶楽部、大利根カントリークラブ及びそこの平日会員から驚きをもって迎えられた。そして本クラブの正会員はもとより、本件契約の真の意味を知る平日会員からさえも疑問の声が上っているのである。
5 本契約後の経過
本件平日会員の募集は昭和四〇年から始まったものであるが、以上のように、平日会員権は譲渡できないものとして募集し、被上告人を含む応募者もそのことを認識していた。そうでなければ正会員への転籍者がでたり、一四八名もの返金による退会者(死亡者を含む)がいるのに(甲第一八号証自至一六五号証)、弥生会結成までの二三年間一名もの譲渡希望者が現れない筈がないのである。ことに本件正会員権は昭和五四年には八〇〇万円、五六年には一千万円もしていたのであるから、本件平日会員権に譲渡性があったとすると少なくとも四、五百万円はしていた筈であるから、入会保証金を返してもらうより譲渡して換金する方途を選ぶのが合理的経済行為である。それにもかかわらず、入会保証金の返還者しか存しないのは、本件平日会員契約が譲渡不可であることを平日会員たちが十分に認識していたからにほかならない。ことに正会員権が市場で六千万円から一億円以上もしていた昭和六三年から平成二年ころまでの間にも保証金返還による退会者が数名もいる事実(甲第六一、六八、七三号証等)が上告人と平日会員間では譲渡不可が明示的に約されていたことを雄弁に物語るものである。
原判決は「被控訴人は譲渡性がないものと誤解していた」というが誤解していたのなら、何故弥生会を結成し、本件訴訟を提起したのか、何時どんな機会に誤解が解けたのか、を明らかにすべきである。被上告人らは平成元年に本件正会員権が一億円を超えるまでに上昇したのをみて他の預託金制クラブなら譲渡でき、本件平日会員権も五千万円前後では売れるはず、と目論んで譲渡性を認めよ、という運動を始めたというのが真相なのである。
そもそも原判決は上告人が譲渡できないと「明示することは難しかったものと窺われ」とか「不当に譲渡性を否定しようとしている」などとあたかも上告人が営利の追及のみにとらわれた悪徳会員制事業者の如き表現をしているが、これは我が国に数少ないプライベートクラブとして株式会社組織をとりながらも非営利団体的な事業運営に徹し、ゴルファーからも高い評価を得ている上告人を誤解するも甚だしい判決であるばかりか、被上告人らの我田引水的主張に引きずられてしまった不公平、かつ、不当な判決といわざるを得ないのである。
二、三<省略>